名古屋高等裁判所 昭和51年(行コ)8号 判決 1978年12月21日
控訴人 安野宏枝 ほか一名
被控訴人 名古屋中税務署長
代理人 岸本隆男 大西信之 太田健治 ほか二名
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事 実<省略>
理由
当審において取調べた新証拠を加えてなした当裁判所の判断によるも控訴人らの本訴請求は失当として棄却すべきものと考える。その理由は左記に付加するほか原判決において説示した理由と同一である(但し、原判決二五枚目表七行目の(2)を(二)と訂正する)からここにこれを引用する。
一 控訴人は、当審における第五回口頭弁論期日において、本件借地権者がヤスノ宝石店である旨の自白を撤回したうえ、本件借地権者は被相続人安野次郎個人であると主張するに至つたが、右自白の撤回と主張(以下「本件主張」という。)は次の理由により時機に遅れた攻撃防御方法として民訴法一三九条に則りこれを却下するのを相当と思料する。
本件記録によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。すなわち、本件訴は昭和四七年一〇月二〇日に原審裁判所に提起され、同四八年一月二三日開かれた第一回口頭弁論期日以来、同五一年二月一八日の弁論終結までの間二二回の期日が、重ねられ、さらに当審において同年八月一〇日開かれた第一回口頭弁論期日から同五二年二月三日の口頭弁論期日において本件主張がなされるに至るまでの間五回の期日が重ねられたことからすると、第一、二審を通じ期日の回数は合計二七回、期間にして四年余に亘るが、その間控訴人及び訴訟代理人らは終始一貫して本件借地権者がヤスノ宝石店であることを認めたうえで、その借地権の評価方法及び評価額を争つてきたものである。のみならず控訴人らは本件相続税の申告時点においてすでに本件借地権者がヤスノ宝石店であるとの前提で、自ら借地権を評価して申告書を提出し、その後の更正処分等に対する不服申立の審理段階においても、本件借地権の帰属主体について、ヤスノ宝石店でなくて被相続人安野次郎であるといつたような主張は全くなさなかつた。さらに原審第九回(昭和四九年二月四日)口頭弁論期日において控訴人らから提出された<証拠略>には本件借地権者が安野次郎個人ではないかと疑わせるような記載が見受けられるにもかかわらず、控訴人らにおいてこの点に触れた主張をしようとした形跡がない。もつともヤスノ宝石店が安野次郎のいわば個人会社であつた関係上、一般的にはその財産の帰属について混淆を生ずる虞れのあることは否定できないけれども、本件借地権の帰属主体が誰かということについては、相続人である控訴人らが最も良く知り得る立場にあつたというべきであり、右不服申立手続及び本件訴訟手続においてはいずれもヤスノ宝石店の計理をしていた公認会計士あるいは弁護士が控訴人らの代理人として関与していることからみても、当然控訴人らの側で早期の段階で明確にしておくべき事項であつたし、またそうすることが可能であつたというべきである。
また当審において控訴人らの本件主張を許すならば、これまでの審理は全く無意味となり、被控訴人において新たな立証活動を余儀なくされることはもちろん、今からこの点の証拠の収集をしようとしても相当な困難を伴うことは見易い道理であり、そのため訴訟の完結が遅延することが予測されるばかりか、仮に本件主張が認容されたとしても控訴人らが本件訴訟において目的とする相続税額の減額という結果に通じるかは極めて疑問である。
以上によれば、控訴人らの本件主張は時機に後れており、かつ、そのことは控訴人らの重大な過失に由来するのみならず、右主張を許すときは本件訴訟の完結を遅延させることが明らかであるというべきであるからこれを却下する。
もつとも右自白の撤回の可否に関連して(但し、この点のみに立証趣旨が限定されていたわけではない。)、当審において二回程証人等の取調がなされていることは控訴人ら主張のとおりであるが、右取調がなされたからといつて本件訴訟の完結を遅延せしめないとはいえないから、この点の控訴人らの主張は採用し難い。
二 控訴人らは本件借地権には瑕疵があり、価値の低いものである旨主張するが、本件借地権が一般のそれと比較して瑕疵があり特に低く評価しなければならないようなものでないことは原判決認定(原判決二六枚目表一〇行目以降二九枚目裏八行目までの記載)のとおりであり、右借地権に関し、現に訴訟が係属するに至つたからといつて直ちにその価値に消長を来たすものではないから控訴人らの右主張は採用できない。
三 次に控訴人らは、ヤスノ宝石店の出資及び芳正興業の株式の評価につき純資産価額方式によることの不当をいうが、相続財産の評価は相続税法二二条所定の評価の原則に照らして一律平等に相続開始時における時価を算定するのが公平でありかつそれをもつて足りるものと解されるところ、控訴人らが右評価に当り考慮すべき旨主張する事情はいずれも右公平の見地からみて考慮すべきでない事柄であるから、これと異なる見地に立つて純資産価額方式を非難する控訴人の主張は採用できない。
四 さらに控訴人らは、安野次郎がヤスノ宝石店の増資に当り出資口の肩代りをしたのは右出資口が価値がなくこれを引受ける者がいないためやむを得ずなしたものであるから、これを贈与とみるのは明らかに間違つているというけれども、安野次郎個人の主観的評価がいかにあれ、右肩代りにより安野次郎が経済的な利得を得たことは原判決が認定したとおりであるから、この点の控訴人の主張もまた採用できない。
よつて控訴人らの本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であるから、本件控訴をいずれも棄却することとし控訴費用の負担につき民訴訟八九条九三条九五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 丸山武夫 山下薫 福田皓一)